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    <title>toichiのブログ</title>
    <link>http://papandasan.seesaa.net/</link>
    <description>正を守りて、恐れる勿れ。自分が良いと思った行動は、取ることにしよう。自分が良いと思った言葉は、口にしよう。</description>
    <language>ja</language>
    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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    <itunes:summary>正を守りて、恐れる勿れ。 自分が良いと思った行動は、取ることにしよう。 自分が良いと思った言葉は、口にしよう。 </itunes:summary>
    <itunes:keywords>ファイシリテーション,マインド,アジャイル</itunes:keywords>
    
    <itunes:author>toichi</itunes:author>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/52689467.html</link>
      <title>アクションラーニングチーム。</title>
      <pubDate>Sat, 25 Aug 2007 16:45:01 +0900</pubDate>
            <description>　アクションラーニングを一緒に行うメンバは、自分の参謀のようなものです。ともに問題を真剣に考える仲間です。　普段、自分の職場やプロジェクトで事をともにするチームや仲間はいることでしょう。その利害を共有する仲間と問題を解決していくことは、もちろん大切です。　しかし、利害が関係するからこそ、悩みを打ち明けられないことがあるはずです。あるいは、適切な相談役がまわりにいないこともおおいことでしょう。　そういう状況下で、利害関係者ではない、アクションラーニング用のチームがあるのは、非常..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　アクションラーニングを一緒に行うメンバは、自分の参謀の<br />ようなものです。ともに問題を真剣に考える仲間です。<br /><br />　普段、自分の職場やプロジェクトで事をともにするチームや<br />仲間はいることでしょう。<br />その利害を共有する仲間と問題を解決していくことは、もちろん大切<br />です。<br /><br />　しかし、利害が関係するからこそ、悩みを打ち明けられないことが<br />あるはずです。あるいは、適切な相談役がまわりにいないことも<br />おおいことでしょう。<br /><br />　そういう状況下で、利害関係者ではない、アクションラーニング<br />用のチームがあるのは、非常に心強いものです。<br />客観的な目で問題について共に考え、解決を模索してくれるからです。<br />自分自身も、問題を客観的に見る良い機会になります。<br /><br />　そして、ALは問題解決のプロセスを定義した活動です。<br />闇雲に話合うのでは本当に解決できるかの保証はありません。<br />プロセスに則ることで、解決への展望が開ける可能性が出てきます。<br /><br />　自分の会社で、ALの手法を展開し、実践していくのは、<br />とても有益なことのように思えました。<br />ALの場が当たり前になるよう、今後、活動してきたいと思っています。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/52688150.html</link>
      <title>アクションラーニングの効果。</title>
      <pubDate>Sat, 25 Aug 2007 16:31:34 +0900</pubDate>
            <description>　仕事の進め方や、プロジェクトの運営、自分のキャリアプラン、実生活での悩み…。私たちは日常、沢山の問題や課題に悩まされているものです。　ALでは、チームによる問題解決のプロセスを定義しています。問題の定義と、アクションプランの策定を、問題提起者を中心としつつ、チームとして行います。そこでは、共有と合意が、ベースとなります。　チームでプロセスを踏みますが、問題を実際に乗り越えていくのは自分自身です。決して、チームに寄りかかって、他人の力で自分の問題を解決するものではありません。..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　仕事の進め方や、プロジェクトの運営、自分のキャリアプラン、<br />実生活での悩み…。私たちは日常、沢山の問題や課題に悩まされて<br />いるものです。<br /><br />　ALでは、チームによる問題解決のプロセスを定義しています。<br />問題の定義と、アクションプランの策定を、問題提起者を中心と<br />しつつ、チームとして行います。<br />そこでは、共有と合意が、ベースとなります。<br /><br />　チームでプロセスを踏みますが、問題を実際に乗り越えていくのは<br />自分自身です。<br />決して、チームに寄りかかって、他人の力で自分の問題を解決<br />するものではありません。<br />実際の事にあたるに至っては、自分の力と気持ちが必要とされるのです。そこに、自身の成長があるはずです。<br />チームメンバはあくまで、問題や悩みを共有する仲間であり、<br />参謀なのです。<br /><br />　問題提起者以外のチームメンバも同じように問題を考えます。<br />傾聴と質問力がメンバには必要とされます。<br />さらに、問題提起者の課題を定義、解決するプロセスにおいて、<br />メンバ自身も気づきを得ることがでます。<br />他人の問題を、自分が抱えている問題に重ねることができるから<br />です。<br /><br />　つまり、問題提起者、チームメンバ、ALのセッションに<br />参加するすべての人が、学習と成長の機会を得ることができるのです。これが、ALがもたらす効果です。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
                </item>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/52631736.html</link>
      <title>アクションラーニングの実践。</title>
      <pubDate>Sat, 25 Aug 2007 04:22:12 +0900</pubDate>
            <description>　アクションラーニングの実践会に初めて私が参加したのは今年の春先だったように記憶しています。そこに、非常にパワフルなファシリテーターの方がいました。　物腰はやわらかで、おおらかな印象を持ちました。それでいて、コンフリクトを恐れず、自分の思いをはっきりと伝える方。それが新岡さんと出会ったときの印象でした。　その新岡さんが、ALコーチの資格取得を目指しておられる。そして、取得のためにALの実践を行う必要があり、それについての協力依頼があったとき、私は喜んでお受けしました。　お手伝..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　アクションラーニングの実践会に初めて私が参加したのは<br />今年の春先だったように記憶しています。<br />そこに、非常にパワフルなファシリテーターの方がいました。<br /><br />　物腰はやわらかで、おおらかな印象を持ちました。<br />それでいて、コンフリクトを恐れず、自分の思いをはっきりと<br />伝える方。それが新岡さんと出会ったときの印象でした。<br /><br />　その新岡さんが、ALコーチの資格取得を目指しておられる。<br />そして、取得のためにALの実践を行う必要があり、それについての<br />協力依頼があったとき、私は喜んでお受けしました。<br /><br />　お手伝いできること自体、嬉しいことであるし、それと同時に<br />ALのセッションを実践できることが楽しみでした。<br />社内のファシリテーション仲間と、ALのセッションを<br />実践したことはありましたが、ALコーチを外部からお招きして<br />実施するセッションは、よりALが狙うセッションに近いものに<br />なるのではないかという期待がありました。<br /><br />　今回の問題提起者は、私になりました。<br />まず私が業務で抱える悩みについて、提示をします。<br />それを受けて、ALコーチがセッションをファシリテイトしつつ、<br />他のメンバが適宜質問を行う。<br /><br />　この質問が、最初は課題の背景を探っていくだけのもの<br />なのですが、セッションが進むにつれ、課題の核心に触れるような<br />鋭い質問となっていきます。<br /><br />　質問を受ける側は、それに答えていく過程の中で、<br />考えさせられ、気づかされることが出てくることがあります。<br />これが、ALの持つ狙いだと思います。<br /><br />　問題を提起する人自身が、まわりからの質問によって<br />自分自身の持っている本当の課題について気づいていく。<br />気づきを促すこと、それがALの目的なのでしょう。<br /><br />　私も、今回は、なかなか人に話せない悩みを共有させてもらい<br />また、気づきをもらうことが出来、とても良い時間をすごすことが<br />できました。<br /><br /><a href="http://www.gial-jp.com/about/index.html" target="_blank">アクションラーニングとは？</a><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
                </item>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/51835134.html</link>
      <title>ふりかえり駆動。</title>
      <pubDate>Sat, 18 Aug 2007 18:49:55 +0900</pubDate>
            <description>　自分たちの仕事について定期的に反省会を行い、良かったことや、課題の抽出、次への改善策検討を行う。これを振り返りと呼びます。私が所属する会社でも組織的に実施しています。　この仕事の進め方は、PDCAのサイクルと合致し、チームにとって、個人にとっても、強力なプラクティスになります。改善を口で唱えるだけで終わるのではなく、実践でPDCAのサイクルを回すことができるからです。　私は、振り返りでは、KPTを使うようにしています。ほかにも色々な手法があるかもしれませんね。KPTを使った..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　自分たちの仕事について定期的に反省会を行い、良かった<br />ことや、課題の抽出、次への改善策検討を行う。<br />これを振り返りと呼びます。<br />私が所属する会社でも組織的に実施しています。<br /><br />　この仕事の進め方は、PDCAのサイクルと合致し、チームにとって、<br />個人にとっても、強力なプラクティスになります。<br />改善を口で唱えるだけで終わるのではなく、実践でPDCAの<br />サイクルを回すことができるからです。<br /><br />　私は、振り返りでは、KPTを使うようにしています。<br />ほかにも色々な手法があるかもしれませんね。<br /><a href="http://blogs.itmedia.co.jp/hiranabe/2005/10/kpt_cc45.html" target="_blank">KPTを使ったプロセス改善</a><br />このKPT自体も改善していく、あるいは改善の対象とすることを<br />忘れないようにしています。<br /><br />　ふりかえりを期間のどの単位で行うかが、重要だと思っています。<br />プロジェクト完了単位？<br />これでは、粒度が大きすぎます。今、まさに、目の前にある<br />プロジェクトの改善も行う必要があるわけですから。<br /><br />　それでは、工程単位でしょうか。<br />ソフトウェア開発では、外部設計工程、内部設計工程、プログラム<br />開発、といった具合に、明確に工程を分けた開発のスタイルが<br />よく採られています。<br />この工程単位でふりかえりを行うのは、まだ、粒度が大きいと<br />感じていました。<br />同じことです。今、まさに、目の前にある工程内作業の改善は<br />いつ行えるのでしょう。<br /><br />　私は、週単位あるいは隔週単位のペースで行うべきだと<br />思っています。この週でおきた問題に対し、次週ではすでに<br />改善策が打たれているサイクル。<br />チームは改善策を考え、実践し、成長をしていく機会が頻繁に<br />与えられるわけです。<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
                </item>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/50404772.html</link>
      <title>変わるために必要なこと。</title>
      <pubDate>Sun, 05 Aug 2007 21:58:48 +0900</pubDate>
            <description>　今までの自分でいたいと思う気持ちが、潜在意識では働くらしい。僕はこの潜在意識がどういったものかはわからないが、なるほどと思った。確かに、心のどこかでこういう思いが時々あって、行動にそれが現れることがある。　本当は、進めばよいのに、何を恐れいているのか、進まない。そのことに気づかないこともある。そして、進まずにいて、ほっと胸をなでおろす。それでいて、変わりたいという思いが意識としては存在している。矛盾する自分の心と行動。　自分が変わるために、必要なことはたった一つのことだと思..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　今までの自分でいたいと思う気持ちが、潜在意識では<br />働くらしい。<br />僕はこの潜在意識がどういったものかはわからないが、<br />なるほどと思った。<br />確かに、心のどこかでこういう思いが時々あって、行動に<br />それが現れることがある。<br /><br />　本当は、進めばよいのに、何を恐れいているのか、進まない。<br />そのことに気づかないこともある。<br />そして、進まずにいて、ほっと胸をなでおろす。<br />それでいて、変わりたいという思いが意識としては存在している。<br />矛盾する自分の心と行動。<br /><br />　自分が変わるために、必要なことはたった一つのことだと思う。<br />それは、気づくことです。<br /><br />　自分が足りていない部分に気づくこと。<br />　自分が足りている部分に気づくこと。<br />　自分がこうありたいと思い描いていることに気づくこと。<br />　自分がこのままではどうにもならないようになることに気づくこと。<br /><br />　その気づきが自分を変える原動力となる。理由となる。強制力となる。<br />自分の生活の中に気づきがあるかどうか、気づきを生み出す<br />状況や環境や習慣にあるかどうかだと思う。<br /><br />　自分は変わらなくてもいい。<br />そう思うこともある。実際には、そう思いたいという気持ちかも<br />しれない。<br /><br />　しかし、本当に自分が変わらなくてもよいということに、自分が<br />気づけているかどうかは、問いかけた方が良いはずです。<br />自分が本当に変わらず、このまま進んで行くことにリスクは<br />ないのかどうか。あるいはそのリスクに自分は責任が取れるのか<br />どうか。<br /><br />　それを見極めているのであれば、本当に変わる必要はないのでしょう。<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/46964016.html</link>
      <title>他人の問題を、自分の問題として捉える。</title>
      <pubDate>Fri, 06 Jul 2007 22:31:00 +0900</pubDate>
            <description>　どんなに頑張っても、変えられないもの、あるいは変えにくいものがあります。変えられないもの、変えにくいもの・過去・他人の行動・感情一方変えられるものは何か。変えられるもの・現在、未来・自分の行動・思考　コミュニケーションに関する様々な考え方やツールがありますが、「他人の行動」を変えることは非常に難しいです。何か問題にぶつかったとき、その問題を解決するための矛先を「他人」に向けているだけでは、困難な状況が続くと思われます。　例えば、プロジェクト上、外部に発注している作業に進捗の..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　どんなに頑張っても、変えられないもの、あるいは変えにくいものが<br />あります。<br /><br />変えられないもの、変えにくいもの<br />・過去<br />・他人の行動<br />・感情<br /><br />一方変えられるものは何か。<br /><br />変えられるもの<br />・現在、未来<br />・自分の行動<br />・思考<br /><br />　コミュニケーションに関する様々な考え方やツールがありますが、<br />「他人の行動」を変えることは非常に難しいです。<br />何か問題にぶつかったとき、その問題を解決するための<br />矛先を「他人」に向けているだけでは、困難な状況が<br />続くと思われます。<br /><br />　例えば、プロジェクト上、外部に発注している作業に進捗の<br />遅れが発生したケース。<br />このような問題が発生した場合、通常、発注企業の進捗管理を<br />より細やかに行うことを対策として考えるのではないでしょうか。<br />確かに、そのこと自体は必要かもしれません。<br /><br />　しかし、一方でこういう考え方もできます。<br />「この進捗の遅れを取り戻すために、自分たちができることは<br />　何か？」<br />また、その遅れの原因は、自分たちにはないのか？と。<br />往々にして、問題の原因とは、一面的一方的なものではありません。<br />そして、解決策に到っては、無数に存在します。<br /><br />　他人の問題を、自分の問題として捉える。<br />ときには、そのような視点が必要であることを、私はアクション<br />ラーニングから学びました。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/46854991.html</link>
      <title>コンフリクトから生まれる新しい発見。</title>
      <pubDate>Thu, 05 Jul 2007 21:50:07 +0900</pubDate>
            <description>　チームで仕事をしていると、ときどきコンフリクトが発生します。コンフリクトとは、意見の衝突のことです。コンフリクト自体の発生を恐れる必要はないと思います。むしろ、衝突によって次のステージに進める可能性があると考えています。　どんなにコミュニケーションに気を使っていても、強いコンフリクトが、一度や二度は発生します。感情的な問題にならないように、コンフリクトの前兆を感じたら、まず冷静に、客観的になるよう努めます。それでも、主観的にならざるを得ない場合があります。どうしても自分のこ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　チームで仕事をしていると、ときどきコンフリクトが<br />発生します。コンフリクトとは、意見の衝突のことです。<br />コンフリクト自体の発生を恐れる必要はないと思います。<br />むしろ、衝突によって次のステージに進める可能性があると<br />考えています。<br /><br />　どんなにコミュニケーションに気を使っていても、<br />強いコンフリクトが、一度や二度は発生します。<br />感情的な問題にならないように、コンフリクトの前兆を<br />感じたら、まず冷静に、客観的になるよう努めます。<br />それでも、主観的にならざるを得ない場合があります。<br />どうしても自分のこだわりのようなものを主張したい時です。<br />そういったとき、私は、相手の言い分をひたすら聞くように<br />しています。強制的に、自分の口を閉ざすのです。<br /><br />　その間、相手の意見をとことん聞きます。相手の意見を<br />ひたすら引き出します。<br />しばらくすると、何故か自分が冷静になっていくのがわかります。<br />そうなれば、客観的に相手の意見を考えることができます。<br />自分の意見と相手の意見どちらか一方だけが残るような<br />勝ち負けの世界から離れ、両方の意見の良いところを取ることを<br />考えられるようになります。<br />言いたいことを言い尽くすと、相手も、冷静になってくることが<br />多いからです。<br /><br />　最初のチームというのはお互いに気を使い、どこか<br />よそよそしいものです。しかし、コンフリクトを乗り越えることで<br />お互いの腹の内をさらけ出すことができます。<br />コンフリクトを一つの通過儀礼として、捉えるくらいでよいのでは<br />ないでしょうか。<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/46310388.html</link>
      <title>小さなゴールを設ける。</title>
      <pubDate>Sat, 30 Jun 2007 23:46:39 +0900</pubDate>
            <description>　気乗りしない仕事をする時、小さなゴールを設けるようにしています。あるいは、何か行動を始める上で、最初に弾みをつけたい時ですね。　遠くの大きなゴールというのは、その分達成感が訪れるのも随分先になりますよね。その間、成功体験を味わうことがありません。（本当は体験しているのに、そのことに気付かない。小さな成功は　ゴールと認識していないためです。）　例えば、何十頁にも渡る、ドキュメントを作る場合。あるいは、何か資格を取る場合。そのゴールは本当に中々やってきません。　しかし、小さなゴ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　気乗りしない仕事をする時、小さなゴールを設けるように<br />しています。<br />あるいは、何か行動を始める上で、最初に弾みをつけたい時ですね。<br /><br />　遠くの大きなゴールというのは、その分達成感が訪れるのも随分先に<br />なりますよね。その間、成功体験を味わうことがありません。<br />（本当は体験しているのに、そのことに気付かない。小さな成功は<br />　ゴールと認識していないためです。）<br /><br />　例えば、何十頁にも渡る、ドキュメントを作る場合。<br />あるいは、何か資格を取る場合。<br />そのゴールは本当に中々やってきません。<br /><br />　しかし、小さなゴールを意図的に作ってやるとどうでしょう。<br />小さいながら成功体験を味わうことができます。<br />先の資格の例でいえば、「今日は、テキストを10頁読む。」<br />「過去問を10問解く」といった感じですね。<br /><br />　この成功が、次の行動の動機付けになりますよね。<br />すると、また成功する(敷居が低いから)。<br />こうして、自己強化のサイクルが回り始めます。<br /><br />　少し頑張れば達成できるゴールを設定することがポイント<br />だと思っています。<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/45986031.html</link>
      <title>タバコの止め方～ターゲット行動とライバル行動～</title>
      <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 22:54:20 +0900</pubDate>
            <description>　私は、6年程タバコを吸っていました。一日一箱程度です。それほど、吸っていたわけではありません。とはいえ、自分をリラックスさせるものとして、無くてはならない存在になってしまっていました。　体に悪いことは、百も承知です。奥さんも、しきりにやめるよう要求してきます。毎月のタバコ代も馬鹿になりません。今年に入って止めることにしました。　しかし、何か特別なことを始めたわけではありませんし、止めるために、相当な苦痛を強いられたわけでもありません。しかも、結果として、後から止めることがで..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　私は、6年程タバコを吸っていました。<br />一日一箱程度です。それほど、吸っていたわけではありません。<br />とはいえ、自分をリラックスさせるものとして、無くてはならない<br />存在になってしまっていました。<br /><br />　体に悪いことは、百も承知です。<br />奥さんも、しきりにやめるよう要求してきます。<br />毎月のタバコ代も馬鹿になりません。今年に入って止めることに<br />しました。<br /><br />　しかし、何か特別なことを始めたわけではありませんし、<br />止めるために、相当な苦痛を強いられたわけでもありません。<br />しかも、結果として、後から止めることができた理由に気が付き<br />ました。<br /><br />　行動科学では、ターゲット行動と、ライバル行動という<br />二つの行動を定義しているようです(私は行動科学そのものに詳しい<br />わけではありません)。<br /><br />　ターゲット行動とは、この場合、タバコを吸うことです。<br />ライバル行動とは、タバコを吸うという行為を妨げるような<br />行動を指すことになります。例えば、アメを舐めるとか。<br /><br />　ターゲット行動を止めるためには、ターゲット行動そのものを<br />減らすということ、ライバル行動を増やすということ、<br />この二つの行為がポイントになります。<br /><br />　具体的には、ターゲット行動を減らすものとして、<br />「仕事を忙しくする」「喫煙室に近づかない」「食事に出たら<br />禁煙席に座る」「灰皿・ライターを捨てる」等という行為が<br />考えられます。<br />　また、ライバル行動を増やすものとしては、<br />「アメを舐める」「ガムを噛む」等という行為が考えられます。<br /><br />　私の場合、お客様のオフィスに常駐して仕事をすることに<br />なり、喫煙室そのものが無くなったこと、仕事がとても<br />忙しくなったこと、この二つの環境の変化で、タバコから<br />離れることができるようになりました。<br />ターゲット行動を減らすことができたわけです。<br /><br />　逆の考え方もあります。<br />例えば、何か新しいことを始めたいときに、ターゲット行動を増やし、<br />ライバル行動を減らすようにする。<br />その結果、自分の行動を強化することができます。<br /><br />　ターゲット行動とライバル行動のメソッドは、様々なところで<br />有効に活用できるものだと思います。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
                </item>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/45906216.html</link>
      <title>コミュニケーションの質を高める、見える化</title>
      <pubDate>Mon, 25 Jun 2007 23:36:21 +0900</pubDate>
            <description>　コミュニケーションの質＝理解量÷時間という式にあてはめて考えた場合、コミュニケーションの質を高めるためには、二つの方法があることがわかります。　一つは、理解量を増やすこと。　もう一つは、それにかける時間を減らすこと。　どちらも、難しい問題だと思います。そもそも、お互いの理解を深めるために、沢山の時間を必要としているわけですから。理解量だけ増やして、時間を減らすことなど普通できません。　私は、対象となる物事を、見える化することが一つの糸口だと思っています。　お互いが理解したい..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　<strong>コミュニケーションの質＝理解量÷時間</strong><br />という式にあてはめて考えた場合、コミュニケーションの質を<br />高めるためには、二つの方法があることがわかります。<br /><br />　一つは、理解量を増やすこと。<br />　もう一つは、それにかける時間を減らすこと。<br /><br />　どちらも、難しい問題だと思います。<br />そもそも、お互いの理解を深めるために、沢山の時間を必要と<br />しているわけですから。理解量だけ増やして、時間を減らすことなど<br />普通できません。<br /><br />　私は、対象となる物事を、見える化することが一つの糸口だと<br />思っています。<br />　お互いが理解したいと思っていることを、例えば絵にしてみる。<br />ホワイトボードに書きながら話を、進めていくことで、<br />議論を空中戦から、地に足のついたものにしていく。<br /><br />　ファイシリテーショングラフィックという手法があります。<br />お互いの理解を助けるための良いツールになると思います。<br /><br /><div align="center" style="margin-bottom:20px;"><div style="float:left;width:110px;text-align:center;"><a href="http://www.seesaa.jp/afr.pl?affiliate_id=409159&url=http://seesaa-books.seesaa.net/shop/goods/SV88189912.html" target="_blank"><img src="http://shop.seesaa.jp/pages/goods_image?ssin=SV88189912" width="100" border="0" alt="ファシリテーション・グラフィック―議論を「見える化」する技法" /></a><div style="font-size:9px;margin-bottom:10px;">by <a href="http://seesaa.jp" target="_blank">Seesaa</a><a href="http://shop.seesaa.jp" target="_blank">ショッピング</a></div></div><div style="padding:0px;float:left;width:200px;text-align:left;"><div style="line-height:140%;text-align:left;"><a href="http://www.seesaa.jp/afr.pl?affiliate_id=409159&url=http://seesaa-books.seesaa.net/shop/goods/SV88189912.html" target="_blank" title="ファシリテーション・グラフィック―議論を「見える化」する技法">ファシリテーション・グラフィック―議論を..</a></div><div style="line-height:140%;text-align:left;color:#CC0000;">￥<script type="text/javascript" src="http://shop.seesaa.jp/pages/goods_price?ssin=SV88189912"></script></div></div></div><br clear="left" /><br /><br />　勿論、ただ単に絵を描くだけでも良いでしょうね。<br /><br />　案外、こういう基本的なことを忘れた議論をしていることは<br />ないでしょうか。<br /><a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
                </item>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/45638828.html</link>
      <title>コミュニケーションの質＝理解量÷時間</title>
      <pubDate>Fri, 22 Jun 2007 23:27:14 +0900</pubDate>
            <description>　コミュニケーションの目的とは何でしょうか。　問題や課題の共有や、状況の認識、情報の交換、共通するのは理解ということではないでしょうか。問題の理解、状況の理解、認識の理解、お互いの気持ちの理解。　恋人同士のコミュニケーションなどは、時間をいくら費やしてでも、お互いの理解を深めますよね。楽しくて仕方ない時間です。　しかし、ビジネスの世界では、そうはいきません。時間＝コストです。たくさんのコストをかけるだけの価値があるかどうかが問われます。　長時間に及ぶミーティングの結果を考えた..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　コミュニケーションの目的とは何でしょうか。<br /><br />　問題や課題の共有や、状況の認識、情報の交換、共通するのは<br /><strong>理解</strong>ということではないでしょうか。<br />問題の理解、状況の理解、認識の理解、お互いの気持ちの理解。<br /><br />　恋人同士のコミュニケーションなどは、時間をいくら費やして<br />でも、お互いの理解を深めますよね。楽しくて仕方ない時間です。<br /><br />　しかし、ビジネスの世界では、そうはいきません。<br />時間＝コストです。<br />たくさんのコストをかけるだけの価値があるかどうかが問われます。<br /><br />　長時間に及ぶミーティングの結果を考えたときに、時間を<br />引き換えに得たものの少なさに愕然とすることが、しばしばあります。<br /><br />　つまり、コミュニケーションの質とは、時間あたりの、理解量だと<br />考えられるのです。<br />理解したことを箇条書きに紙やホワイトボードに書き出して<br />みましょう。<br />理解したことによって生まれる価値も踏まえて、その理解量を<br />生産するために要した時間を考えて見ましょう。<br />コミュニケーションの質が見える化されるはずです。<br /><br />　ここで注意するべき点は、情報量ではないということです。<br />情報量は、時間をかければある程度まで増やすことは容易です。<br />しかし、情報は活かしてこそ大きな価値があります。<br />理解の伴わない情報は、蓄積させるしかありません。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/45636255.html</link>
      <title>朝会駆動</title>
      <pubDate>Fri, 22 Jun 2007 22:54:14 +0900</pubDate>
            <description>　長時間に及ぶ、ミーティングやレビュー。それだけの時間とコストをかけて、得られたものが何であったかを振り返ったとき、そのバランスの悪さに愕然とすることがありますよね。　朝会を考えて見ましょう。朝会とは言わずもがな、毎朝、仕事を始める前に、チームで集まって、状況の報告と認識をあわせるイベントです。チームの状況と目標を共有する、大切な場です。　しかし、注意すべき点は、それにかける時間です。毎日実施するわけですから、あまり時間を取るのは望ましくありません。下手をすると、チームのスピ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　長時間に及ぶ、ミーティングやレビュー。<br />それだけの時間とコストをかけて、得られたものが何であったかを<br />振り返ったとき、そのバランスの悪さに愕然とすることがありますよね。<br /><br />　朝会を考えて見ましょう。<br />朝会とは言わずもがな、毎朝、仕事を始める前に、チームで集まって、<br />状況の報告と認識をあわせるイベントです。<br />チームの状況と目標を共有する、大切な<strong>場</strong>です。<br /><br />　しかし、注意すべき点は、それにかける時間です。<br />毎日実施するわけですから、あまり時間を取るのは望ましくありません。<br />下手をすると、チームのスピードを殺す、足かせになってしまうからです。<br /><br />　ですから、朝会は短い時間で、テンポ良く実施するのがベストです。<br />当然、短時間の場ですから、それほど多くのコミュニケーションが<br />取れるわけではありません。<br />大切なことは、対面で会話をすることにあると思っています。<br /><br />　お互いの顔を見て、お互いのことを慮る場。<br />声の調子や顔色、態度から伝わる情報というのは、言葉では<br />伝えきれないものを含んでいます。<br />朝会を実施する意味はこの点にあると思います。<br /><br />　朝会をトリガーにして、チームの行動を始める。<br /><strong>朝会駆動</strong>です。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/45110821.html</link>
      <title>目標を共有できているか？（2）</title>
      <pubDate>Sun, 17 Jun 2007 13:48:37 +0900</pubDate>
            <description>　自分でやらされ感をどう処理すればよいか分からず、その度に憤りややるせなさを感じていました。　そして、最近になってようやく、やらされ感の意味を理解することができました。　やらされ感が生まれるのは、他人の仕事だと思うからです。他人の仕事ではなく、これは自分の仕事だと思えたとき、やらされ感は現れません。　　でも、やろうとしているのは、間違いなく、元々自分の仕事ではないですよね？　でも、チームの仕事ではないのでしょうか？チームの問題であれば、「自分」の問題でもありますよね。　なぜ、..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　自分でやらされ感をどう処理すればよいか分からず、その度に憤りややるせなさを感じていました。<br />　そして、最近になってようやく、やらされ感の意味を理解することができました。<br /><br />　やらされ感が生まれるのは、他人の仕事だと思うからです。<br />他人の仕事ではなく、これは自分の仕事だと思えたとき、やらされ感は現れません。<br />　<br />　でも、やろうとしているのは、間違いなく、元々自分の仕事ではないですよね？<br /><br />　でも、チームの仕事ではないのでしょうか？<br />チームの問題であれば、「自分」の問題でもありますよね。<br /><br />　なぜ、同じチームにいるだけで、自分がやらないといけないのか？と思うのは、チームの中で上手くコミュニケーションが取れていない可能性があります。<br />　チームは、一つのゴールに向かって走っているいるはずです。<br />　そのゴールが、チーム内で共有されていない可能性があります。<br /><br />　このチームは何のために存在するのか？<br /><br />　このプロジェクトは何のために存在するのか？<br /><br />　その根源的な問いに対して、自分たちの答えを用意しておく必要があります。その答えを、チームの全員が合意し納得しているものでなければ、やらされ感だけの問題に終わらず、そもそもバラバラのチームが引き起こす別の問題が起きてくることでしょう。<br /><br />　合意した以上は、最後までチームのゴールを追い続けなければなりません。<br />　また、チームをまとめるものは、この動機付けが薄れないように、<br />常に意識し、朝会や振り返りといった場で、再確認する必要があります。<br />　私は、このタスクこそ、リーダーの重要な仕事だと思っています。<br />メンバーにやらされ感が生まれるのはリーダーの責任でもあります。<br /><br /><br />　では、別プロジェクトの別チームの応援をする場合はどうでしょうか？<br />　これは、チーム内での応援よりもはるかに心情の敷居が高くなるのではないでしょうか。<br /><br />　先ほどは、自分というレイヤーから、チームというレイヤーに、<br />視点を移しました。<br />　今度は、チームというレイヤーから、組織というレイヤーに視点を<br />さらに移す必要があります。<br /><br />　我々は、会社なり、部なりの単位の、組織という大きなチームに所属しているのです。<br />同じように、組織としてのゴールを共有できているかが問われます。<br />心情の敷居が高くなるのは、「組織のゴール」の共有がそもそも難しいからです。<br />　組織を構成するメンバーが増えれば増えるほど、さまざま価値観があり、立ち場があり、自分の思いがあります。<br />　また、チームは、本来インタラクティブなもの（であるはず）ですが<br />組織は、どうしてもトップダウンなものになります。<br />この性質の違いがゴール共有の難しさを助長しています。<br /><br /><br />　同じプロジェクトに所属するというのは、それだけで、「このプロジェクトを成功させるんだ」という、一つのゴール、前提があります。<br />組織の場合は、この前提の代わりに「ビジョン」が必要となります。<br /><br />　自分たちは、今後どうなるんだという、「ビジョン」があって、では、今なすべきこと、「ゴール」はなんだという流れになるはずです。<br /><br />　このビジョンが受け入れない場合は、別のことを考える必要があるかしれません。<br />　その組織に居続けることが、望ましいとは言えないかもしれないからです。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
                </item>
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      <link>http://papandasan.seesaa.net/article/45108860.html</link>
      <title>目標を共有できているか？（1）</title>
      <pubDate>Sun, 17 Jun 2007 13:08:57 +0900</pubDate>
            <description>　仕事のやらされ感は、どうして生まれるのでしょうか。チームで仕事をする場合、このやらされ感を強く感じる場合と、そうでない場合とがあります。　私が、若い頃（入社2年目）によく感じたやらされ感は、次のケースの時に強く出てきました。　ある時、担当の仕事を前倒しで早めに終わらせることができました。それをやり遂げるために、沢山の残業をして、体力も自分の楽しみも犠牲にしてしまいました。そのため、終わったのだから、明日からは早く帰りたいと思うのが、若者の常。　しかし、上司が下したものは、全..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　仕事の<strong>やらされ感</strong>は、どうして生まれるのでしょうか。<br />チームで仕事をする場合、このやらされ感を強く感じる場合と、そうでない場合とがあります。<br /><br />　私が、若い頃（入社2年目）によく感じたやらされ感は、次のケースの時に強く出てきました。<br />　ある時、担当の仕事を前倒しで早めに終わらせることができました。<br />それをやり遂げるために、沢山の残業をして、体力も自分の楽しみも犠牲にしてしまいました。そのため、終わったのだから、明日からは早く帰りたいと思うのが、若者の常。<br /><br />　しかし、上司が下したものは、全く別のものでした。<br />次は、別チームの仕事の応援をしなければならない。そちらの仕事は、今、とても遅れている。<br /><br />　強い違和感を感じました。<br /><br />　なぜ、早く終った者の方が、割に合わない羽目になるのだろうと？<br /><br />　仕事が遅れるのには理由があるはず。その理由は一体何なのか？<br />　その理由と私にいったいどんな関係があるのだろう。<br />　本当に、彼らは最大限の努力をしてきたのだろうか？<br />　私が残業している間、彼らが早く帰っていたのは何なのか？<br /><br /><br />　勿論やらざるを得ないので、やります。やりますが、当然、やらされ感が生まれてきます。<br />　それに対して、強い反発心が生まれるのは仕方のないことなのでしょう。<br />　組織の仕事として割り切るのは良い。そうならば、組織として、そのやり方が効率的なのか、考えて欲しいと思ったのです。<br />私が、早く仕事を終わらせた分、別の新たな仕事に取りかかった方が、組織としても成果が上がるではないか？<br /><br />　大変な状況にあるチームがいる、それに対して、<strong>偶然にも</strong>早く終ったやつがいる。これはちょうど良い、コレを使おう。と、問題を近視眼的に解決しようとしていないでしょうか。<br />それは、組織の仕事として望ましいやり方なんでしょうか。<br /><br />　口に出すことは無く、そんなことを悶々と一人考えていました。<a name="more"></a>

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            <category>日記</category>
      <author>toichi</author>
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